純粋にただ、生きている。~カプチーノ猫のヒーロー~
2012.02.07 18:45|ボランティア活動|
その猫は人間にひどい仕打ちを受け、捨てられました。
元の飼い主のせいでアゴが砕け、後ろ足が麻痺してしまいました。
それでも人を信じ、人に寄り添うその猫に、私は「ヒーロー」と名づけました。

*** 出逢い ***
昨年12月15日のことでした。
岡山県動物愛護センターの保護動物のページに、めずらしく猫が掲載されていました。
きれいなブルーの瞳に、カプチーノのようなクリーム色の毛をしたその姿を見た瞬間、なにか胸が高鳴るような、不思議な感覚がありました。
今から思えばあの瞬間から私とあの子はつながっていたような気がします。
偶然にもその子は私の故郷と同じ出身でした。
掲載ページには「右後肢麻痺」と書かれていて、よく見ると足を横に流してぺたんと座りこんでいます。
人間でいうと「おねえさんすわり」です。

これは最近病院に行ったときの写真。
麻痺ということは、足を引きずりながら歩く障害をもっているということですが、そのぺたんと座ってじっと前を見つめている姿が、私の目にはなんとも愛らしく見え、日を重ねるごとに「この子に会ってみたい」という思いが強くなっていきました。
そして飼い主が現れないまま、掲載期限の日まできてしまいました。
私は行き始めたばかりのシェルターのボランティアのTさんに、図々しくもお願いしました。
シェルターで引き取ってもらうことはできないでしょうか。どうにかならないでしょうか。
そんな思いをぶつけてしまったと思います。
もしシェルターで引き取ってもらえなかったら、私は自分で引き取って、動物病院に連れていき安楽死させてもらうことも考えていました。
ガス処分よりマシだと思いました。
そんな思いつめる私に追い打ちをかけるように、さらに、ある事実が判明しました。
白血病 = 陽性。
後ろ足が麻痺の障害をもち、いつ発症するかわからない白血病のキャリアである猫。
発症したら長くはない命。数年しか生きられない命。
こんな考えもよぎるでしょう。
そんな猫を、一時的にレスキューして生かしておいて意味があるのか?
でも私の答えは決まっていました。
答えは、「ある」!
この猫とはなにか「縁」がある。私はそう感じたのです。
たとえ数年しか生きられなくても、今目の前にある、この「縁」ある猫の命を助けなければ、私は一生後悔するのではないか。
うまく言えませんが、それは頭で考えたり言葉にしたり、そういった事とは反対側にある事のように思えました。
そんな私の切迫した思いを察してくれたのか、Tさんからシェルター代表のCさんに伝えてくださり、Cさんが愛護センターにかけ合ってくださいました。
そして掲載期限を延長してもらうことができました。
すぐに答えは出せないが、その間にシェルターで引き取るか相談しよう、ということだったと思います。
あとから聞くと、なぜかTさんもCさんもその猫の事が気になっていたそうです。
運の強い子です。
そして、掲載期限を延長してもらって1日後、晴れてシェルターの仲間入りをすることが決定したのです。
*** お迎え ***
12月25日、その日は私にとって忘れられない感動の日になりました。
私がシェルターで、Sさんといっしょに他の犬猫のお世話をしている最中に、代表のCさんがその猫をキャリーに入れて帰ってこられました。
きた!
お疲れ様です、と挨拶を交わし、平静をよそおって他の犬猫のお世話を続行・・・・でも私の胸は高鳴っていました。
キャリーを一時的に置いていた廊下から、猫の鳴き声。
に゛ゃー。
喉がつぶれたような変な声でしたが、私はかわいくて仕方がありませんでした。
もう我慢できなくなってキャリーに近寄り、中をのぞくと、にゃ゛ー!にゃ゛ー!と必死に訴えてきます。
そのあと、用意していたその子専用の部屋に3人でキャリーを持っていき、扉をあけると・・・・
にゃ゛ーーー!!
と言って足をひきずりながら出てきた猫は、写真で見るよりもずっと美しい猫ちゃんでした。
一見すると白猫ですが、耳がオレンジ色で、顔の中心もうっすらとオレンジがかっていて、どうやらシャムと茶トラのハーフっぽい猫でした。
まさにカプチーノの色合い。

なにが嬉しいって、カプチーノ猫は扉をあけてすぐに、しゃがんだ私の足元に寄り添ってきたのです!
にゃ゛ー! ・・・ぴとっ。
か、かわいい(>_<*)
「助けてくれた人、わかっとるんよな」
CさんとSさんはそう言ってくれました。
私の無理なお願いにも嫌な顔ひとつせずに、「麻痺」と「白血病」というダブルハンデがある猫を受け入れてくれたことだけでも感謝の気持ちでいっぱいなのに、そんなふうに私に優しい言葉をかけてくれるボランティアの皆さんには、本当に頭が下がる思いで、感謝を通り越して、もう尊敬です。

それから、かわいいね、と言いながらみんなで猫を撫でていて、私はある事に気づきました。
顎に突起物が出ているのです。
その時はかさぶただろうと思ってスルーしたのですが、後日やっぱりおかしいと思い、Cさんと一緒に猫の口をあけてみると、なんと両頬にかけて口の中を針金が貫通していたのです。
!
一瞬にしてその場の空気が凍りつき、私はCさんと顔を見合わせました。
私の頭に「虐待」という二文字が浮かびました。
*** どこから来たの? ***
後日、猫の出自がわかりました。
アゴの針金は虐待ではありませんでした。(ほっ)
でも、虐待まではいかなくとも、私からしたらギリギリ虐待?と思ってしまうような経緯でした。
いろいろ情報収集して私の中でまとまった結果を、推測も交えて書きます。
猫は県北の田舎で老夫婦に飼われていました。
田舎なので完全室内飼いということではなく、家の中と外を自由に行き来できる環境だったのでしょう。
飼い主はある日、運転を誤って猫を車で轢いてしまいました。
その時にアゴが砕けました。足もケガしました。生後6ヵ月でした。
飼い主は病院に連れていき、獣医師はアゴの手術をして、骨を固定するために針金を通しました。
足は、末梢神経断裂でもう手術をしても治らない状態で、麻痺したままになりました。
さて、ここから私の総つっこみが始まります。
老夫婦は猫をかわいがっているように見えました。
(獣医師の前ではそう振る舞っていたようです)
でも年金暮らしで、経済的に余裕もなく、治療費が払えないということになり
(自分で轢いておいて?)
飼育放棄することにしました。
(かわいがる以前の問題)
その後、ボランティアに電話をして、留守電を残しました。猫を引き取ってほしい、というような内容だと思います。
(たまたま知り合いのボラさんだったので情報を得た)
でも留守電には名前も連絡先も入っていなかったので、ボランティアの人はどうすることもできませんでした。
(もし電話に出ていたら、名前も名乗らずなすりつける気だったのでしょうか)
結局猫は外に捨てられ、関係ない住民のフリをして保健所に保護依頼でもしたのでしょうか。
(これは私の推測にすぎませんが、)
後日、飼い主不明の負傷猫として、愛護センターに掲載されることとなりました。
(飼い主持ち込みなら掲載されるはずがないので、きっと外に遺棄されたのでしょう)
ということです。
もし、もしもです。
猫が私たちに保護されていなかったら、こういうことになっていました。
< 飼い主に車で轢かれてアゴが砕けた猫は、手術を受け一命をとりとめたが、結局アゴの針金もそのままに捨てられ、数日後に殺処分されました。>
笑えますか?飼い主さん。
そしてこれは現実です。
< その猫は殺処分をまぬがれ運よく保護されましたが、轢かれたせいで後ろ足麻痺という一生のハンデを背負わされました。>
< それに飼い主がワクチンを打ってくれなかったので、白血病に感染し、あと数年の命かもしれません。>
猫を捨てて浮いたお金で、生活は良くなりましたか?
・・・不快な思いをされた方がおられたらすみません。ついつい感情が出てしまいました・・。
もしかしたら、元の飼い主さんも重病だったり、ギリギリの生活をされているかもしれませんし、情状酌量を受け入れることはできます。
でも、それでも私は、どんな理由があっても、飼っていた猫を途中で投げ出すという行為を、完全には許すことができません。
今回の飼い主さん、経済的に余裕がないのはわかりますが、猫の命を遺棄する理由にはなりません。
人間と動物の生活レベルには、圧倒的な差があります。
猫の生活費なんて、人間にくらべればわずかではないでしょうか。
高度な医療をほどこしてあげられなくても、できる限りの世話をして、最期を看取ってあげられないのでしょうか。
捨てるくらいなら、猫まんまでいいから食べさせてあげてください(T_T)
一度責任を持った命を放棄するからには、自分たちも雑草を食べるくらい相当ギリギリの生活をしてくれていなければ、私は納得がいきません。
飼育放棄する前に、たいていの場合、里親さがしを頑張ればなんとかなるはずです。
私が想像もできないような、やむにやまれぬ事情も世の中にはあるかもしれませんが、「なんとかならなくても、なんとかする努力」をしてほしいということです。
*** *** ***
「名前何にする?よかったら決めて」
シェルターでは保護した犬猫に、数字にちなんだ名前をつけています。
順番的に言うとこの子は16番目の猫。(もうすでに何周かまわったそうで、前の16番は「トムくん」だったそうです)
私はすぐに思いついた名前を言いました。
「ヒーローくんはどうですか!?」
足をひきずる姿は誰も予想していなかったほど力強く、軽やかで、もっと痛々しい姿を想像していた私たちは面食らったのです。
とても元気で、こちらが離れていっても、遠くからでも「にゃ゛ー!」と言って、這って追いかけてくるのです。

その猫は、そこにいるだけで周りがぱっと明るくなるような不思議な生命力をもっていました。
飼い主に捨てられても、障害をもっていても、病気を持っていても「そんなことかんけいないよ!」というように、けなげに懸命に人を信じて寄り添う姿を見て、私は「ヒーロー」という名前がぴったりだと思ったのです。
変な言い方ですが、その猫は「生きる」と決めているようでした。
その確固たる意志というか、生き様というか、生命力が人に勇気を与えていました。
それで私は気づいたんです。
それは「人間の大人」以外のすべての生物が持っている「生命の無邪気さ」なんだと。
なにもこの猫が特別すごいわけではなくて、私たち人間の大人だけがちょっとヘンなのだな。
目の前の命を大切に思う、純粋さを失いたくないと思いました。
同時に、私たち人間の大人にしかできない、命に対しての責任の取り方があると思うのです。
だってかわいがるというのは、目の前の猫をなでることではないのです。
クリーミーなカプチーノのような、おいしそうな色のヒロちゃん。
元の飼い主にどんな飼われ方をしていたのかわかりませんが、本気でこの子と向き合ってくれては、いなかったでしょう。
ごめんね、と思う。
人間として、ごめんね。
この子を幸せにしてあげたい。
心からそう思います。

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